アインシュタインが残した言葉ですけれど、「人間の価値はその人がどれくらい自分自身から解放されているかによって決まる」ということを言ってまして。
これは要するに、生まれたばかりの子どもというのは、自我に没入しているというか、自分の世界なわけですよね。徐々に他者から自分を客観的に見るという視点が出てくるわけですけれど、それにわれわれが言うメタ認知というのが、一番前頭葉を使うわけですよ。
http://www.ewoman.co.jp/winwin/57mk/09.html
たとえば自分がやるべき仕事はなにである、とかね。自分にとって、自分が見えている世界がどうだ、というだけじゃなくて、それが、他の人から見てどうなのかとか、他の国から見てどうなのか、他の文化から見てどうなのかということを常に問いかけるというのが、ぼくは一番、前頭葉を創造的な意味で使う行為なんだろうと思うんですよね。
【質問】
第2次大戦中,日本軍は通信傍受だけでも,米軍の行動の予測が出来ていた,というのは本当ですか?
【回答】
暗号本文は読み出せなくても,発信符号とか発信系図をつくると,ぼんやりと敵の意図が見えてくるんだよ.
沖縄周辺で米潜水艦がさかんに偽電を発信して,ハワイ,サイパン方面でしきりに上陸船団編成と思われる指令発信と受領発信がくりかえされる.
「すわ沖縄上陸か?」
と皆,思うんだけど
「でも受領発信は海兵隊ばかりで陸軍の返信がない.
沖縄のような巨大な島を海兵隊だけで攻略するだろうか?」
と分析し,
「硫黄島じゃねえの?」
と分析する.
見事だと思った.
岡本喜八『沖縄決戦』でも昭和20年4月1日,沖縄現地部隊の敵信傍受班が
「今朝未明より,米軍は(HQ→各部隊へ)戦術呼出符号を呼び出し始めたり」
「右は硫黄島上陸,3時間前に告示しありて」
「今朝,敵は沖縄上陸を決行する算,きわめて大なり」
と分析.
こういうこと.
情報理論だと,つまり平文(作戦準備のさまざまな現象.船団の集積や部隊編成や通信量の多寡)があって,それにノイズ≒疑似乱数(別方面での偽電発信や,偽の船団編成の通信.本当の侵攻部隊は作戦発起時,通信を封鎖するから,減少した分の別な偽信発信)を被せると,全体が暗号化(混沌として作戦意図が敵から見えなくなる)されるんだけど,どうしても人間のする事だから,疑似乱数=偏差(前述,陸軍の発信がない)が起きる.
その偏差をみて,分析官は敵の意図を見破るわけ.
保険会社が統計的手法で,保険詐欺と本当の事故や盗難,偽装自殺を見破る手法もこれなんだが,まあそれは余談.
しかしAクラスに達する事のできる人間は、恐らくここで萎えない。分からないものは分からないと記録した上でとにかく読み進める。とにもかくにも、毎日一歩でも前進しようとする。そして自分に自信があるからこそ、分からない事を分からないと言う事を憚らない。自分の知らない事を他人が知っている事を当たり前と思える。相手に対して自分も何かしらGiveできると絶対的な自信を持っているからこそ、「こんなのも知らないの?」という質問に恐怖を感じない。「ああ、知らないッス」と平然と言える。結果として、習得速度が他者よりも速くなる。そして何より、Aクラスに至ってもそこをゴールと思わないのではなかろうか?
10歳にして菓子に動かされ、20歳にしては恋人に、30歳にして快楽に、40歳にしては野心に、50歳にしては貪欲に動かされる。いつになったら人間はただ知性のみを追って進むようになるのであろうか。
わたしの飲むときの3ヶ条。愚痴らない。人の悪口を言わない。評論家にならない。
土曜日のデザイン思考のワークショップで、また1つ気づきがありました。
それは「早く多く間違えると、進展は早い」ということです。
「・・・」
ようするに、まとめると、こうなります。
* 手が早い:間違えなど気にせずやってみる
* 早く間違える:間違いを他人に指摘してもらえる
* 早く気づく:何が間違いかを教えてもらえるのは自分が考えたあとでのことだから間違った理由がピンとくる
* 早く2度目、3度目のチャレンジができる:早く間違えれば同じ時間内でもチャレンジできる回数が増える
* 何度も間違えられる:チャレンジするチャンスが増えると間違える機会も増える。つまり気づきの機会が多くなる
早く手を動かせれば間違えるチャンスが増え、アドバイスや気づきが多くなる。なんでこの方法が有効なのかというと、実はそもそも間違いじゃないものはないからなんですね。
すべての結果は間違いを含んでいる